セックスが気持ち良くなくても人はするのか?

動植物にはセックスの快感はないと言われています。人間だけが性交によるオーガズムを経験し、猿もイルカもクジラですらも、気持ち良くないのに、本能によって交わるのだと。「サルにならなきゃサルの気持ちは分からないのでは?」という反論もあり得ますし、それはそれで「一理あり」ですが、人間以外の動物の性交中の脳波の変化を調べてみると、「オーガズム」らしいものが現れません。快感の痕跡が見られないのです。

また、人間ほど時間をかけて交わる動物はありませんし、前戯をするものもいません。サルもイルカもフェラチオをしないし、クンニを要求したりはしないのです。一般に、人間以外のオスたちはことごとく「早漏」であり、挿入した途端に射精してしまうのが普通です。ピストン運動を楽しむなどということはありません。入れて出すだけ。性交に快感を伴っているのだとすれば、もっと時間をかけて挿入を味わうはずではないでしょうか。人間以外の動物たちが笑うことも泣くこともないように、オーガズムを感じ、イッタ瞬間の幸福感を楽しんだりはしていないと考えた方が筋が通っていそうです。

では、なぜヒトにだけ快感があるのでしょうか?その理由を論理的に見つけることは不可能ですが、「快感がなかったら?」と想像してみることで「答え」に近いものが見つかるはずです。

カトリックは気持ちよくなってはいけないの?
キリスト教のカトリックにおいては、オナニーは禁じられています。セックスは愛ある行為に限定されていて、その目的は「子作り」とされているからです。愛し合う夫婦が互いの体をむさぼり合いオーガズムにどっぷり浸かることは認められていますが、愛の結果として子作りをするときだけです。たとえ、夫婦であっても単に気持ちよくなるためだけに性交してはなりません。

子作りのための行為ですので、避妊をするのは筋違い。コンドームもピル(避妊薬)もNGで、挿入したら必ず中だししなければなりません。中だしすれば妊娠しますが、中絶をすることは神の意思に反する行為ですので生まなければなりません。カトリックの家庭が「子だくさん」なのはそのためです。子どもを作りたくなければセックスするな、ということになります。

オナニーは子作りには全く結び付かない不毛な行為です。単に精子を空中にばらまくだけの不浄な行いとされていて、性欲が爆発しそうになる10代の男子も決してしてはいけません。「気持ちよくなるだけ」の行いは、すべて禁止されているのです。

気持ちよくなければオナニーはしないのか?
もし、自慰行為に快感が伴わなければ、人はするでしょうか?答えはNOでしょう。快感あってのオナニーであり、気持ちよくないのにわざわざ精子を発射しようとする男子も、クリトリスを無駄にいじろうとする女子もいないはずです。同じことが性行為にも言えるでしょう。ヴァギナにペニスを挿入してピストン運動をしたところで、何も感じなければ楽しくありません。子作りのためにするとしても、男性は何度も繰り返ししてみたいとは思わないはずです。中途半端な運動になるだけです。

女性にとっても同じです。大きく股を開いて固くて長いものを受け入れるのは、間の抜けた行為でしかありません。快感がなければ、わざわざそんなことはしないでしょう。男も女も、オーガズムが得られないのであれば、セックスに積極的になることはあり得ません。誰もセックスしなくなれば、人口が減り人類は滅んでしまいます。人間のセックスには「快感」が必要なのです。

カトリックでは「快感」を求めることを禁止していますが、それでもオナニーをする男女や、未婚であるにもかかわらず性交する男女が後をたちません。聖職者が男児のアナルを犯すという不届きな事件もたくさん起こりました。禁止すること自体が不合理なのかも知れません。

セックスやオナニーが気持ちよい理由は分かりませんが、気持ちよくなければ人類の繁栄はなかったでしょう。未来を築くためには快感が必要だ、とは言えそうです。